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浪漫コルセット展 4


第一会場19世紀末の浪漫コルセット展

あなたはコルセットと言う下着を知っていますか?

 コルセットという下着の存在を知らない人も多いのではないだろうか?今日、コルセットは大変マイナーな下着である上、下着は決して表に姿を現さない陰の存在であるから、これも当然かもしれない。一方、コルセットの存在を知っている人でも、不正確な知識だったり、既に歴史上の存在だと考えているのではないだろうか?
 ともあれ、コルセットは服装史上極めて重要な役割を演じ、今日なおしたたかに生きつづけている。我々はブラジャー、ガードル、ボディースツ、ウエストニッパーなどの現代下着を通じて、その発想を継承し、受け入れているにも係わらず、コルセットは強い批判の的となってきた。多くの服装史研究家は「コルセットを着用した女性は、日常の身体活動に多くの制約を受け生活を送っており、このため社会的に疎外され、専ら男性に従属せざるを得ない、まるでお人形のような無力な存在となっている。また、コルセットの着用は道徳の美名のもとに男性社会が女性に性差を誇張するため”強制”したもので女性自ら決して望んだものではない。」更に、「コルセットは痔から癌まであらゆる病気の原因で女性の健康を蝕み時には死に至らしめた。」と主張する。
 しかし、こおしたの見方は、ただ文献から文献を書いたに過ぎずコルセットをめぐる複雑でデリケートな問題を必ずしも正しく、冷静に包括的に、捉えた主張とはいえない。とかく無機的な現代にあって、コルセットに関する多くの誤解と偏見をを正し、コルセットを積極的に再評価し夢とロマンをに復活させる試みが今、必要とされている。100年前の女性はコルセットを着用したまま、ダンス、テニス、アイススケート、自転車に興じ、登山までしていた。


ブローニュウの森にある自転車小屋1900年頃

 また、日常生活でもゴッホやミレーの絵にあるように、子供を追いかけ、身をががめて洗濯をし、一日中階段を上り下りし何世代にもわたり家事をこなしていたのである。このことは、近世においてコ ルセットが農夫や魚屋の妻などの労働者階級の女性にも広く普及し、コルセットを日常的に着用し、生活していたことを考えれば、至極当然なことであり驚くに値しない。


ビクトリア女王と王子アルバート1842年


例えば、英国が繁栄を極めた時代のビクトリア女王(1819-1901年)はコルセットを強く締め、巨大なスカートに身を包み、国政の重責を担っていた。彼女の窮屈な服装をものともしない精力的な政治活動は、周囲の者に女性の性的な魅力をみなぎらせ国家元首としての権威を高め、その結果英国を偉大な国家へと導いたのである。
 コル セットが女性を政治、社会、経済的に無力な存在にしたのではなく、むしろ、コルセットは女性の性的魅力を高めることで社会をリードしてきたのである。さて、身体活動強く制約する「抑圧的衣料」が”強制”によって500 年以上前から現在に至るまで連綿と女性達よってに着用され続け得るものだろうか?ファションは常に変遷するが、変遷の決定的きっかけは人々の心に根ざす不満だけである。社会が、あるいは特定の誰かが服装を規定し、それが社会に定着するなどと言うことは古今東西ありり得ないと断言できる。このことは「日本の国民服」や「中国の人民服」の例を見ればよく理解できることである。
 つまり、人はいつの時代でも着たいと思うものを着てきたのであり、多くの女性にとってコルセットの着用は自らの選択であり、積極的快楽であったのだ。確かに、先に見てきたポレールのような極端な緊縛は健康問題を起こすかも知れない。しかし、こおした例はあくまでも特殊なケースであるり、いつの時代でも、いかなる問題でも極端な事例は存在する。例えば、現代でも精神的に不安定な娘が極端なダイエットに走り拒食症になってしまうのと同じである。愛情に包まれ、精神的に安定した女性はあのような過激な緊縛に走ることは少なかったのではないだろうか?


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